自己実現観光

素人の内需拡大策

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朝日新聞が昨秋から2週間に一度、Globeという特集紙面を月曜の朝刊に入れるようになりました。これは「世界と日本の今を見つめ、未来への展望を探る」と銘打って毎回特定のテーマの記者取材と各界の人がいろいろな社会問題について考えを語る提言、国別のベストセラー本の紹介、現在活躍中の人物の紹介で構成されています。

先週のGlobe「元土建会社社長が考える地方『自立』の道」という提言が出色でした。寄稿者は山口スティーブという山形県の建設会社の元社長。名前が示すように日本人女性と結婚した1960年生まれの白人。白人の土建屋さんも珍しいですが、その彼が「業者が多すぎて、赤字受注以外に仕事をとる方法がない日々に」見切りをつけて「45年間続いた建設会社の看板を下ろす決断をし」「観光業に参入」した、といいます

観光業はこの所、内需拡大の一策と言われていますが、彼の考える観光業は「東北には都会の人々が必要とする物が豊富にある。」これらを「上手く『商品化』すれば」、「都会人の『自己実現』ニーズに応えようとする新たな観光スタイル」だと言います。確かに一般的なバスでの観光地巡りは物見遊山として楽で、便利ですが、外国人の観光のイメージとは食い違うのかもしれません。

以前米国のコンサルタントが日本での仕事が終えた時に「来週からバケーションだ!」と言うので、どこに行くのか尋ねたところ、「何も無いところだけど気温はマイナス30度だ!!」と喜んでいたのを思い出します。米国人は特にかもしれませんが、日頃体験できない何かに取り組む事をバケーションと考えるようです。

山口スティーブは言います「日本人は自分のやりたい事を抑え、家族のため、会社のため、国のために我慢して頑張る傾向が強い」「日本を元気にするためには、無理な財政出動より、日本人の『満たされない欲求』をバネにするほうが有効だ」。この不景気な時に自己実現など空々しいようですが、自動車を輸出しても輸入した原材料の支払いがありますから、50%も国内経済には回らないでしょう。それに対し観光で消費するお金は100%国内経済に回ります。日本にも温泉に連泊する湯治の習慣はありました。1週間とは言わないまでも34日やってみたい事に没頭する観光スタイルを考えてみても良いように思います。

グローバル化対処法 その3

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先週ある政党の政権公約(マニフェスト)発表会に行ってきました

地方選挙を含め今まで、候補者の演説会を聞きに出かけた事はありませんでしたが、今回は納得して投票したいという気持ちが強く、候補者の名前の連呼を聞くだけでは不満で、会場に出かけました。

会合は夜7時、定刻通り始りました。候補者の所属する政党からも衆参議員が応援に来ていたので、順々に応援演説を行い、候補者が決意表明して「お願いします」で終わりなのかと予想していました。しかし、会合はマニフェストの中から3点を取り上げ、候補者が自分の言葉で解説を行い、応援に来ている議員が補足するという形で進み、1時間半以上に渡り公約の内容、背景、目的、実現方法などが解説されました

持っていたイメージと違い、党のマニフェストを候補者自身の認識と理解に基づいて解説するという姿勢が良かったと思いました。候補者の考えを聞くという機会が今までなさすぎたのではないでしょうか。

さてマニフェストの中で、農業問題が話題になりました。日本の農業はアメリカの大規模農業に勝てるわけがない、そもそも労働集約型産業である農業が中国の低賃金農業に勝てるわけがない。だからと言って、農作物は輸入すれば良いという事では、価格競争力のない農業は成り立たず、食料自給率はますます低下する。だから国は収支が赤字になってしまう場合には農家に金銭保証をする必要がある、というのです。

これは国のグローバル化対処法になりますが、グローバル化により、致命的な価格競争にさらされる産業があります。候補者氏が言うように、生産効率だけから考えれば成り立たなくなる産業があります。しかし、知らない間に遺伝子組み換え作物や残留農薬の多い食物を食べてしまうのが嫌であったり、昨年のガソリン高騰のように突然値段が2倍近くになったり、最悪相手国の輸出禁止措置にあったりするのが嫌であれば、国として必要な物資の最低量は国内で作れるような長期戦略がぜひとも必要ですもちろんそのような産業は保護を受けながら着実に価格以外の付加価値を開発すべきでしょう

この事を個人のグローバル化対処法に投影するならば、外国人の方が安く請負える仕事は、経済性からいって外国人にとって代わられる。ただそのうち生活に密着した仕事は、金銭以外の独自性を磨くという対処法がとれるように思います。金銭以外の独自性とは例えば「親切」「気がきく」「信頼できる」などの資質、金銭では評価できない資質です。

グローバル化対処法 その2

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特定分野の技能者はグローバル化の中でも生き残っていける可能性が高い、と言っても皆が特定分野の技能者になるわけではありません。多くの人は真面目さ(だけ?)が売り物の一般労働者です。

解放された労働市場で特別な技能を持たない日本人労働者の立場を守るものはあるのでしょうか。以前は「日本語を話す」という事が障壁になっていましたが、最近の外国人タレントや外国人力士を見れば、「日本語を話す」という事が外国人労働者の乗り越えられない障壁ではなくなっています。

政府は外国人労働者を単純労働に限って受け入れれば、日本人労働者の立場は守れると考えているのかもしれませんが、日本語が話せる人間がいれば、日本に来なくても日本の仕事は請け負えます。例えばソフトウエア開発や経理事務などコンピュータを使った仕事はインターネットを使って難なくインドでも中国でも行えるようになってしまっています。グローバル化で日本は日本語という海に守られた島国ではなくなったのです。

従って特技がない日本人労働者は外国人労働者と同じ土俵で競争することを覚悟して対処法を考えなければなりません。島国でなくなったとすれば、地続きのヨーロッパの労働者に学べばよいでしょう。私が感じた彼らの対処方は:

1.  対人処理能力を上げる(上司や部下が外国人は当たり前と考える)

2.  1つ以上の外国語に親しむ(挨拶程度でも話せれば、自分の緊張を下げられる)

3.  成果を説明できるプレゼンテーション力を持つ(成果のない時にこそ、どう説明するかが重要)

4.  定期的に新しい分野、業界に、業種に挑戦する(一社に40年、同じ仕事で定年、という事は今後まず無い)

などでしょう。また日本の派遣社員と違ってフリーランス(個人契約)の技術者が多いのも大きな違いでしょう。

グローバル化に伴う社会変化に翻弄された世代の教訓を生かしてこれからの世代には、より上手く対処してもらいたいと思います。

グローバル化対処法 その1

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グローバル化は

1 国と国との関係が政治的ではなく、経済的に結ばれる

2 人、物、金が国境を越えて移動する

3 経済活動における先進国、後進国の格差が少なくなる

という性質があると思います。そこで、

企業は安い労働力を海外に求める事ができるし、海外の安い商品を輸入することができる、という都合の良い面はありました。敢えて良い面と書かないのは、裏を返せば国内の高い労働力、国内の高い製品は見捨てられるという切実に感じている問題に行き着くからです。

そこで、グローバル化に対処するためには海外の労働者の賃金と同じ安い賃金に甘んじるか、海外の労働力では代替えのできない仕事をしなければならないことになります。商品生産で言うなら海外のコストと同じコストで物を作るか、日本でしかできない物を作らなければなりません。

まず労働者の仕事について考えれば、かつて「箸を使う生活で鍛えられた日本人の手の器用さは抜群で、精密な製品は日本の独壇場だ」という考えがありました。だから日本の産業は安泰だし、そこで働く労働者も安心だ。しかしこれは高度成長を背景にした自信過剰な考えで、人間の能力にそんなに大きな差があるはずがありません。要は経験者が目標を示して指導すれば、呑み込みの早い、遅いはあるかもしれないけれども世界中どこでも同じものができるはずです。

逆に考えれば、特定分野の技能者が指導者として仕事をする限り海外の労働力との競争にはなりません。少なくともその技能者は安全です。90年代後半、日本の半導体技術者が週末韓国や中国に闇の技術指導に通ったという話がありますし、最近ではユニクロの中国での衣類の縫製管理に日本の熟練者が従事するようになり品質が大幅に上がった、という事も聞きます。

しかし、これはノウハウを売っているようなものですから、売るノウハウがなくなれば成り立たなくなります。半導体技術にしても、衣類の縫製にしても国内にトップクラスの技術がなくなれば指導を仕事にすることもできません。10年後中国人の熟練者が縫製管理をすることは十分考えられます。その可能性を理解したうえで、国内に数は多くなくてもトップクラスの技術を残す仕組みを作らなければなりません。

この仕組みは営利が目的ではないので民間が作ることはできません。政府が先端技術であれば国家プロジェクトを設定して、民間企業の技術開発を促進する、生活財であればコンペやコンテストを数多く設立して、優秀作を買い上げる、これによって職人が技能を極めつつ、自分の仕事の付加価値を高められるようにする、といった仕組みが有効でしょう。

参議院選挙に向けて各党の政権公約が発表されていますが、「産業構造の変革」は20年前から言われているのですから、お題目ではない具体策を聞きたいものです。

グローバリゼーション

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グローバル化という用語を耳にするようになったのはいつごろからでしょうか。以前は国際化(インターナショナリゼーション)という用語を使っていました。国際社会の仲間入り、国際人、など国際化は戦後日本の目標であり、私自身の憧れでもありました

しかし、グローバル化は当初の良いイメージは余り続かず、日本経済の低迷や9.11テロなど、グローバル化の弊害が多く現れるようになりました。グローバル化は良い事なのでしょうか、悪い事なのでしょうか、これは私の中の疑問でした

もともとグローバル化が国際化に取って代わったのは1990年代前半だと思います。多分91年末にソ連が崩壊し、自由貿易圏が急拡大したこと、国際航空路の拡大、携帯電話・インターネットの普及でコミュニケーション障害が消滅したこと、などが背景にあったのだと思います。

どれをとっても後戻りできない時代の流れでしょうから、グローバル化からは逃れられない、とするならグローバル化を正しくとらえて、的確に対処したい。たとえそれが悪い事(日本にとって都合の悪い事)だとしても、対処法があれば状況を改善することはできるでしょう。

まず国際化に取って代わったグローバル化ですが、そこには大きな違いがあります。国際化はあくまで国家間の活動に関していましたが、グローバル化では国家はあまり意識されず、企業や団体・個人の国境を越えた活動に関しているようです。要するに以前は国の中で閉じていた活動が、国境を越えて広がるわけですから、当然企業は安い労働力を求め、日本の場合は韓国から中国、最近はベトナムへと進出していきました。そしてこれだけに留まらず、国境を越えて労働単価が安いほうに均一化してしまいます。これが最近のワーキングプアの真の原因だと思います。

さて、このグローバル化の性格を押さえた上で対処法を考えたいのですが、話が長くなるので私の考える具体的な対処法は次回にしましょう。

政府開発援助

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国債及び借入金残高が850兆円(200812月末現在、財務省発表による)と言われる日本で、国際会議のたびに何100億円と途上国援助が発表されると、その気前の良さに背筋が寒くなるのは私だけでしょうか。税収(収入)の何倍もの借金をしていながら、新たな借金にためらいを持たず寄付を続ける政府高官はさぞや高潔な精神の持ち主でしょう

とは言いながら、「日本の戦後復興がガリオワ、エロアの米国からの支援で始まった」と歴史の授業に教わった身からすると、応分の、効果のある(感謝される)途上国援助は先進国の義務だと思います。また日本の海外援助は戦後賠償として始まった面もあり、この点からも継続的な取り組みは必要でしょう。

そこで、このODAと言われる政府開発援助を「内需拡大」策の一環として挙げるのは、前に述べたように東南アジアを含めた経済圏の発展が日本のこれからの発展に必須だからという理由ですが、これは太平洋戦争時の大東亜共栄圏的発想になってはもちろんいけません。相手国の「自律的な発展」が基本です。

しかし現在にいたる日本のODAは次のような指摘を受けています。

1)  途上国の実情に合わないインフラ整備は日本企業への利益還流を目的としている(これが赤字財政の中でODA予算が増えた隠れた理由といわれている)

2)  平和憲法の下、外国政府に対する間接的な影響力行使を目的にしている(開発支援は名ばかりなので各種不正行為の温床になる)

3)  物の建設にはお金が出ても、運営・保守にはお金が出ないので維持管理が出来ない(自律的発展につながらない)

一方、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのグラミン銀行総裁ムハマド・ユヌス氏の提唱するソーシャル・ビジネスは途上国の新しい取り組み方だと思います。彼は「寄付は一時的な物でお金がなくなれば終わりだが、同じお金をソーシャル・ビジネスに投資すれば、ソーシャル・ビジネスは利益ではなく、人々の幸福を追求するので多くの貧しい人々の生活を改善し、経済的独立を進める事ができる」と言います。

自律的発展のための開発援助に、このソーシャル・ビジネスの考え方は応用できると思います。つまり従来のダムや道路などのインフラ整備や競技場などの施設整備も必要でしょうが、まず学校、教育教材、教育者の育成、井戸や雨水の簡易浄化設備の普及、太陽電池など維持費のかからない自家発電設備、農作物の収量増加の為の技術支援など、日本の最新設備・機械を持ち込むのではなく、相手国の現場水準に合った小口の支援を、ビジネス感覚を持って行えば、自律的な発展が継続的に起こり、感謝のされる援助になるでしょう。そしてひいては「内需拡大」につながると思います。

北海道の台湾人旅行者

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北海道の十勝平野へ西から入る狩勝峠の中腹にあるサホロリゾートのホテルに夕食を終わって着いた夜の九時過ぎ、峠特有の霧に包まれた中、散策から帰ってきたと思われる一団に出くわしました。後でホテルの人に聞いたところ台湾からの観光客の人たちとの事でした。不況の中でも台湾、韓国からの観光客は多いそうです。

道路のセンターラインの3つ先の句切れ目が見えないような濃霧の中を峠越えしてきた私には「何をこんな濃霧の中散歩しなくても良いのに、何も見えないじゃないか」という気持ちでしたが、一行はホテルの玄関前で楽しげに語りあい、なかなかホテルに入ろうとしません。霧に包まれた森の散策は台湾の都会に住む人たちには幻想的だったのかも知れません。

チェックインを済ませ、部屋へ向かいながら思いました。

“面白い/面白くない”は人によって違う。自分にとって当たり前で興味がなくても、そこにしかない物であれば、人をひきつける力がある

温泉、雪に限らず外国人が楽しめるものはある。集客のターゲットを国内に限定せず海外まで広げれば、日本の観光地の可能性は広がる。

しかし、合わせてホテル内の案内など外国語のサインの無いのが気になりました。何かのサインを掲げる時には日本語と合わせて英語、韓国語、中国語を掲げられると良いでしょう。

政府は数年前に2010年に訪日外国人旅行者数を1,000万人にする目標を掲げビジット・ジャパンというキャンペーンを官民一体(国土交通省:独立行政法人国際観光振興機構)で推進しています。外国に向け日本の魅力を発信し、日本への魅力的な旅行商品の開発を行っているそうです。

もちろん情報発信も重要でしょうが、中小資本のホテルやレストランが簡単に多国語の案内を作れるように、多国語自動翻訳をWebサイトで提供してはどうでしょう。駅の案内のようなお決まりの案内ではなく、個々に“もてなし”の工夫を凝らせるようにすれば、海外の旅行客の利便性は向上し、日本をもっと楽しんでもらい、リピーターを増やせるのではないでしょうか。

 

都市への人口集中

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日本の高度成長を支えたと特性として、

1)  勤勉で識字率の高い平均的な勤労者が、

2)  都会に集中して居住している。

があったと聞きます。

日帰りの出来る南関東から北部九州までを結ぶ太平洋ベルト地帯に人口の60%が集中して居住する日本の特性は企業活動に非常に効果的であったことでしょう。しかし都市への人口集中はいろいろな弊害ももたらしました

内需拡大のための可処分所得という面から考えれば、人口集中による地価上昇があると思います。サラリーマンはわずかな面積の家(マンションを含め)を購入するために、働き盛りの30年間近く収入の多くの部分を貯金や住宅ローン返済に当てることになり、実質消費に充てられる可処分所得が少なくなっています。この住宅取得に関係した負担が1/2になっただけでも一挙に可処分所得は増え、生活を豊かにするための消費を増やす事ができます

都道府県別人口密度を見ると、人口密度の一番少ない北海道(72人)を基準にした人口密度倍率は東京81倍、大阪65倍、神奈川50倍で、全国平均(342人)を基準にしても東京17倍、大阪13倍、神奈川11倍と都市と地方の人口密度バランスは大きく崩れています。これでは都市部の地価が高いのも当然でしょう。しかしこれを逆手にとれば改善は容易かも知れません。つまり地方では道路にしても、土地の造成にしても地価が安いだけでなく、土地に余裕があるので建設上の制約も少く、安価な工法が取れるので、都市部に比べ効率の良い投資ができると思うからです。

一方携帯電話やブロードバンドネットワークの普及で、出張しなくても済ませられる業務は増えているはずです。また宅配便によって国内のほとんどの地域に1日、2日で荷物が届きます。高度成長時代には無かったこれらインフラが有るのですから、「都市に集中して居住している」事が企業活動の必須条件ではなくなっていると思います。

まず先頭に立って官公庁を中途半端な遷都ではなく、北海道か東北または九州に移転してはどうでしょうか。さらに地方の法人所得税、固定資産税の税率を安くするなど、積極的な企業誘致策も有効でしょう。それでも「地方は住みにくい」と不満を言う人は出るでしょう。しかしそれこそこの対策のポイントで、地方に人が住めば地方の不便を解消するための意味のある投資が起こり、持続的な内需拡大という好循環が始まります。結果として都市と地方のバランスが取れてゆくことでしょう。

内需の範囲

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内需拡大の内需とは「日本国内の需要」という意味ですが、経済活動がグローバル化してきている現代は、幕藩経済の江戸時代から国家経済の明治時代への変化と同じ変化を想定しないといけないのではないでしょうか。その類推で行けば内需の範囲を日本国内に限るのではなく、東南アジアを含めた地域ととらえてはどうでしょうか。すなわち内需拡大を東南アジアを含めた経済圏の需要を拡大する事だと考えて発想してはどうでしょうか。

内需を日本国内の重要と考えていては、成熟した日本社会にはモノがあふれており成長の余地は少ないでしょう、東南アジアの国々を考えれば、これからが成長期です。これら地域を日本の市場と考え製品輸出に努力するだけでなく、留学生の受け入れや技能労働者の育成に協力すれば、それら国々の経済発展に協力出来るだけでなく、10年単位ではそれらの人々がそれどれの社会の中枢で働き、高い購買力を持った消費者になることでしょう。そうすればなじみの深い日本商品をより買ってくれるでしょうし、日本の各地を旅行してくれるでしょう

そうした留学生や技能者を受け入れる事は、日本人の刺激にもなるでしょう。今の日本では「競争」はタブー視されているようですが、フェアーな競争は「切磋琢磨」です。競争を排除する事により切磋琢磨まで排除しては社会の活力は失われます。一度失った切磋琢磨に自分から気付くのは困難ですが、経済的に恵まれない国々からの人々の努力は、分かりやすい参考例になるでしょう

もちろん、それらの人々の中には日本に永住を希望する人も出てくるでしょう。それらの希望にも明確な基準を持って受け入れる必要は出てくるでしょう。

今回の経済危機を100年に一度というのであれば、その対策も100年に一度くらいの大きな考え方の切り替えが必要でしょう。内需拡大をお題目に終わらせないために、藩単位を国という単位に改めた明治期の変革と同じように我々の思考の視界を広げなけらばいけないでしょう

内需拡大

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日本は輸出依存の経済構造を内需依存に改めなければいけない、と30年以上前から言われています。それにも関らず不景気になるごとに「内需拡大」と唱えられるだけで、具体的な対策が議論される事はありません

先の追加経済対策でも、政府はマクロ的に金をどう流通させるか、端的に言えば民間が使わない分の金をどのように配布するか、しか考えていないように見えます。この貧困なアイディアのために、まとまった金を一度に使えるハコ・モノ行政を転換できないのではないでしょうか

イライラは高じるものの、ハコ・モノ行政を批判しているだけではいけません。私は経済の専門家ではありませんが、多くの人が豊かに暮らし、その結果として内需主導の経済が実現される事を願っています。その思いから内需拡大の具体的な素人アイディアをいくつか提案し、どこかで、有為の人の目に留り、何らかの役に立つ事を期待したいと思います。

まず内需拡大とは、何でしょうか?

経済学的に正しいかどうかは別にして、私は内需拡大とは、国民の可処分所得が増えて社会にお金が回ること、だと思います。もちろん企業の利益が上がり設備投資という形でお金を使っても社会にお金は回るわけですが、設備投資をすると投資の回収をしなければならないので「それ輸出を増やさなければ」という話になってしまいます。そこで企業が利益を上げた時は速やかに労働者に利益を分配し、労働者の可処分所得を高め、株主への配当や、設備投資は持続可能な成長の範囲にとどめる事と仮定します。

可処分所得を増やすためには、所得が増えるか、生活に必須な費用が減るかのどちらかです。超低価格商品の流行や政府の何とかポイント等の補助金は消費を刺激しても、持続的な可処分所得を増やすわけではないので、内需拡大の効果は薄いと思います。

そこで私の内需拡大策は労働者の所得を(輸出に頼らず)増やすか、生活に必要な費用を減らすアイディア、という事になります。次回以降をご期待ください。